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2026.10.04
10月 坐禅会 一
本日は10月最初の坐禅会がありました。
10月になると肌寒い早朝6時ですが、4名お越し下さり、静かな本堂にて3回の坐禅(1時間半ほど)をして頂きました。
明日の10月5日は禅宗初祖である達磨大師の御命日「達磨忌」です。
福厳寺ではご本尊様の右隣に達磨大師が祀られてます。
達磨大師の有名な言葉、「不立文字 教外別伝 直指人心 見性成仏」という四聖句があります。
① 不立文字(ふりゅうもんじ)
文字や言葉だけでは真実は伝わらない。
仏教の真理は、経典の文字や言葉による説明だけでは、十分に伝えることができないという意味です。
ただし、経典や文字を否定するものではありません。文字や言葉は真理を示す手段であって、真理そのものではないということです。
例えば、どれほど水の味を説明されても、実際に水を飲まなければ、その味を本当に知ることはできません。
禅では、自ら体験し、体得することを重んじます。
② 教外別伝(きょうげべつでん)
経典の教説による伝達とは別に、仏法の真髄を直接伝えること。
「教外」とは経典に説かれた教えの外、「別伝」とは特別な伝授を意味します。
釈尊が悟られた真理は、経典を学ぶことだけでなく、師から弟子へ、心から心へと伝えられると考えます。
この精神を象徴するのが、釈尊が花を拈じ、摩訶迦葉が微笑したという「拈華微笑(ねんげみしょう)」の故事です。
もっとも、この故事は禅宗の伝承であり、釈尊の時代にまで歴史的に確認できるものではありません。
③ 直指人心(じきしにんしん)
人間の心(本心・仏心)を直接指し示すこと。
悟りを自分の外側に求めるのではなく、自己の心そのものを見つめることです。
私たちは日常生活の中で、好き嫌い、怒り、欲望、執着など、さまざまな思いに振り回されています。
禅では、そうした分別や執着にとらわれている自己のあり方を深く見つめ、自分自身の本来の姿に目覚めることを目指します。
これは単なる心理分析や内省ではなく、自己の存在の根本を問うことです。
④ 見性成仏(けんしょうじょうぶつ)
自己の本性を見極め、仏の悟りに目覚めること。
「見性」とは、自分自身の本来の性質、すなわち仏性を見極めることです。
「成仏」とは、仏の悟りを実現することを意味します。
禅では、悟りはどこか遠い世界に存在するのではなく、自己の本性に目覚めることにあると説きます。
ただし、見性を単なる知的理解や一時的な神秘体験と考えてはなりません。その目覚めを日々の行住坐臥の中で深め、実践していくことが大切です。
文字でつらつら説明すると、達磨大師にぎろりと睨まれます。本日の坐禅会のように、静かにゆっくり坐禅する方が達磨大師の報恩になるのかもしれません。
ご参加ありがとうございました。
















