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2022.04.23

建長寺 三門法話

本日は大本山建長寺で毎週土曜日、午前11時と午後1時に三門下で建長寺布教師会で行われている「三門法話」を担当させて頂きました。

晴天の下、境内には牡丹が見事に咲き渡り、大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」の景況もあってか、大勢の拝観客がお集まりくださいました。

 

今回は「梶原景時と建長寺」についてお話をさせて頂きました。

 

遡ること約760年、かつては刑場であり「地獄谷」と呼ばれていた地に建長寺は創建されました。

 天皇の繁栄、将軍や重臣の安泰、源家三代と北条一門の亡き人菩提を弔うこと、五穀豊穣、萬民康楽、仏法興隆を願い、開基の鎌倉幕府5代執権北条時頼(1227~1263)が中国南宋からの渡来僧であった蘭溪道隆(大覚禅師・1213~1278))を開山として迎えて創建されました。

本邦初の「禅寺」を称することを許された修行専門道場として時の元号「建長年間」を引いて「巨福山 建長興国禅寺」と名付けられ、壮大で直線的な伽藍の造りは、その後の日本禅宗建築のモデルともなり、日本の禅の起源地ともされております。

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また、建長寺のご本尊様は大寺院では非常に珍しい「地蔵菩薩」です。これは、建長寺が以前「地獄谷」と呼ばれた処刑場だったころに、死者の救済のために地蔵菩薩を本尊とする「心平寺」が建てられていたことによります。建長寺が建てられてからも地蔵菩薩を本尊として仏殿に安置されております。なお、建長寺が建てられる前にこの場所に有った心平寺は現在横浜の三渓園に移築され保存されています。

 

 地蔵菩薩は死者を救済して下さり、六地蔵様と呼ばれるように苦しむ衆生がいたら何処へでも救済へ行く菩薩様、地獄へも救済の手を差し伸べると古くから信仰されております。

特に、日本で初めての「禅寺」である建長寺の本尊様がお地蔵様となると、救いをもとめて色々な人々が来たのでしょう。またそれは、生きている人間だけとは限らなかったようです。

建長寺・神奈川県鎌倉市 : twuntuwnのblog

建長寺開山様の史料に「大覚禅師拾遺録」がありますが、その中に不思議な伝説が記されてあります。

 舞台はこの三門下です。七月のお盆に三門下で、開山様を導師として僧侶たちが集まりお盆の法要を行っておりました。法要が終わり、開山様がお戻りになろうとすると、武士一騎が法要に間に合わなかったと残念そうにしている姿に気が付いたそうです。

 開山様は、その武士を呼び止め、お施餓鬼法要を再びされました。その武者は非常に感謝して

「我は梶原景時の霊である。唯今の有難き御供養で、長年の苦難を脱することが出来て忝いかぎりである」

と、歓喜の色を浮かべて去って行ったそうです。

 

 今年の大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」の一人でもある梶原景時は、鎌倉幕府創建の立役者の一人ですが、建長寺が創建される約五十年前に鎌倉から追放され討ち死にしております。その亡霊が、救いを求めて来たというのです。

建長寺ではその後、七百余年の今日まで毎年七月十五日に、三門施餓鬼会を行い、梶原景時のために「梶原施餓鬼会」を行っています。

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亡霊になった梶原景時がなぜ建長寺にやってきたか。今までに無かった大きな禅寺が鎌倉に建てられ、その本尊様が救済を眼目とする地蔵菩薩だったからという理由もありますが、建長寺の開山大覚禅師蘭渓道隆禅師だったら救ってくださると考えたとだと思います。

 

 大覚禅師は中国四川省出身で若くして出家し、臨済宗の禅の奥義を習得します。その後一大決心をされて日本に渡来されました。九州・京都を経て、当時政治の中心である武士の街鎌倉にたどり着きました。初めは寿福寺に居られましたが、大覚禅師の名声を聞いた執権北条時頼の招きで建長寺の開山として迎えられ、多くの修行僧が全国から建長寺にやって来たのです。

 

 禅僧ですから修行の中心は「坐禅」です。釈尊は坐禅によって悟りを開かれたので、坐禅から仏教が誕生したとも言えます。禅は仏の心・根本です。禅宗を別の呼び名では「仏心宗」とも言います。

 その禅を極め、禅を伝えるために来日された大覚禅師には大きな力があると思われていました。北条時頼も大覚禅師の力に信仰を深めたのでしょうし、古くある資料からは、鶴岡八幡宮の神や、江ノ島の弁財天も大覚禅師の元に来られたようです。

 そのような大覚禅師のお力を頼りにしたいと、亡霊となった梶原景時が建長寺にやって来たのかもしれません。

 

大覚禅師の教えとして伝えられている『大覚禅師坐禅論』という坐禅の要点を説いた書物があります。

「一座の坐禅は、一座の仏なり。一日の坐禅は、一日の仏なり。一生の坐禅は、一生の仏なり。未来も亦是の如し。只だ是の如く信じる者、是れ大機根の人なり。」

 

禅宗では、人は誰もが仏の心を持っている、人の本心は仏心であると説きます。自分が具える仏の心を覚るために、坐禅をします。

 

梶原景時の亡霊は建長寺三門施餓鬼会で供養されました。亡霊となってしまっていたのは、殺された怨念が残っていたのかもしれません。法要によって、その恨みを消して、自分の本心に気付かせたのかも知れません。

 怨み、憎しみ、後悔の念は捨てなさい、自分の本心は仏心なのだよと。その凝り固まった心をほどきなさいと。  

私たちは、亡霊になる前に、誰もが具える仏心を悟りましょう。建長寺は坐禅をする専門道場として創建された一面があります。

坐禅はとても心地よいものです。いま、ここ、生かされている自分に気が付き、有難さに心が満たされます。

みなさんも、是非坐禅に親しんでください。

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